お題募集による掌編小説 Part8「バイト」「メガネ」「花」
第八回は、トリさんから頂いたお題、
「バイト」 「メガネ」 「花」 です。 タイトル:Eryngium(エリンジウム) 彼女に恋したあの夏を、忘れない。 彼女の名前は、松山理香さん。 長くて綺麗な黒髪の、クールで知的な美人。 だけど時々かけていたメガネを落とし、照れたように笑って誤魔化しながらそれを拾う。 クールな外見とは裏腹に、結構抜けてるとこがあったりして、案外子供っぽい人だ。 会社帰りの彼女は、俺がバイトしている花屋に閉店間際よくやってきて、閉店の時間まで花を眺めていく。 「花が好きなの」 彼女は笑って、だけど、どこか寂しそうにそう言った。 「祐平くん、男の子なのに花屋のバイトなんて、珍しいわねぇ」 「……変ですか?」 男でも、花が好きなんだから仕方ない。 「ううん、別にね、変だなんて思ってないの。花、好きって言ってたもんね。そういうの、いいと思う」 多分今、俺の頬は少しだけ赤く染まっているだろう。 ばれないように、彼女のほうを見ずに花の手入れをする。 「ねぇ、祐平くん」 背中越しに、彼女の声が聞こえてきた。 「夏の花って、どんなのが良いの?」 「どんなのがって……」 漠然とした質問に戸惑いながら、俺は答えを提示する。 「良いかどうかはわからないですけど、定番ならアサガオとかヒマワリがいいんじゃないですか?」 「へ~……他には?」 花を指先でつつきながら、理香さんが続きを促す。 「ハイビスカスなんか、いかがでしょうか」 「ハイビスカス……これ?」 「……それはサルスベリです」 サルスベリを差した指先を、理香さんは白々しく別の花に移した。 ……新たに指差した花は、クチナシだった。 まぁ、それは置いといて、 「買ってくれるんですか?」 と訊ねた俺に、 「まっさかー」 と彼女は胸を張って否定してくれた。 ……たまには少しくらい、売り上げに貢献してもらいたいものだけど。 「……私が買っても、すぐ枯らせちゃいそうだもん」 そう言った彼女の横顔は、やはりどこか寂しそうだった。 たまに彼女はこうやって、いつもとは少し違った表情を見せる。 初めて会った時から、どうしてもそれが気になった。 「あ、もう閉店の時間だね」 そう言いながら立ち上がり、彼女は足早に店を出ていく。 「じゃあまたね、祐平くん」 振り返りもせず立ち去る彼女の後姿を、俺は少しだけ寂しく思った。 この日の理香さんは、いつもと様子が違った。 まず、いつもは閉店間際にやってくるのに、今日は夕暮れ時に来店した。 そして何か物思いに耽るように、花を見つめながら時々ため息を吐いている。 夕闇が店の中へ足を踏み入れてくる頃になっても、彼女はずっとそうやっていた。 「今日って、お祭りなのね」 不意に、理香さんが声をかけてくる。 商店街の通りに並んだ屋台。 たこ焼きに金魚すくい、子供心を奮い立たせるような、くじ引きの屋台もあるだろう。 「俺は、バイトがあるから見て回れませんけどね」 特に残念でもないけど、残念そうに呟いてみる。 理香さんは笑っていた。 「でも、お店の外に飾ってる花のお世話は、しないとね」 「え? ええ、まぁ」 含みのある笑みを浮かべながら、理香さんが小声で囁いてくる。 「近くで花火やるんだって。お店の外で、一緒に見ようよ」 理香さんの急な誘いに、胸が思わず高鳴ってしまう。 「あーっ、祐平くん、顔赤くなってるっ。変な想像しちゃダメよ」 年上のお姉さんぶって(実際その通りだけど)からかう彼女に少しだけ戸惑いながらも、店の外へ出て行く彼女の後ろを、素直についていくことにした。 明るく振舞っているけど、やはり今日の彼女の様子はどこかおかしい。 何か悩んでいるのか、何かあったのか、俺はそればかりが気になっていた。 店の外に飾っている花を手入れする俺の横で、理香さんは夜空を見上げていた。 「あっ」 理香さんが声を上げるのと同時に、花火の音が聞こえてくる。 「始まったね。あーあ、祐平くん、一発目見逃しちゃったね」 理香さんが振り返って俺の顔を見る……と同時に、二発目の花火があがった。 「二発目、見逃しましたね」 少しだけ意地悪くそう言うと、理香さんは若干頬を膨らませてみせた。 見た目だけは大人の女性、という感じなのに、やはり内面は時々子供っぽい。 「……次からは、見逃さないもん」 食い入るように空を見つめる理香さん。 花火の三発目が夜空を四色に彩る。 しばし、二人で花火を見つめていた。 道行く人々も、時には夜空を見上げ、花火に心を奪われている。 花火の音が響くたび、夜空は色とりどりの花に彩られ、見ている人の心を魅了した。 「……私ね」 不意に、理香さんが口を開いた。 「今度、結婚することになったの」 花火の音が、響く。 理香さんはいつの間にか俯いていて、空を見上げようともしなかった。 「実家の……ここからは、ちょっと遠いんだけどね、そこで、結婚することになったの」 俺の隣で、俺が手入れした後の花をつつきながら、理香さんは伏し目がちに呟いた。 「だからもう……今みたいに、ここには来れなくなるの」 小さな声だった。 それなのに花火の音は、彼女の声にかき消されたかのように聞こえなかった。 彼女とはもう、会えなくなる。 彼女の笑顔を見ることも、出来なくなる。 沈黙が続く中で、花火の音だけが響いていた。 「俺は……」 小さく、小さく呟いた。 夜空を見上げ、花火が上がるのを待った。 俺の声が、かき消されるように。 夜空に、一際大きな花が散った。 「あなたが、好きです」 俺の声は、ちゃんとかき消されてくれただろうか。 理香さんは、目を丸くして俺に訊ねた。 「……聞こえなかった……今、なんて言ったの?」 今もなお、夜空に散り続ける花火を見上げながら、俺は口を開いた。 「あなたの幸せを、祈っています」 人の多い駅の待合室に、やって来た。 理香さんを見送るためだ。 彼女は、花束を持って現れた俺を見て、いつもの笑顔を見せてくれた。 「どうぞ」 「ありがとう、祐平くん……自信ないけど、出来るだけ枯らさないように頑張るね」 本当に自信が無さそうに笑う彼女を見て、俺まで釣られて笑ってしまう。 「ねぇ、この花、なんていう名前なの?」 隠す必要もないような気はしたけど、俺はやっぱり、花の名前を教えるのはやめておいた。 「秘密です。自分で調べてみてください」 意地悪くそう言った俺に、理香さんは口を軽く尖らせて、不満を表現した。 『――番線に、――行き列車が到着します』 待合室に、アナウンスが響いた。 「…………」 二人顔を見合わせたまま、俺は何も言えなかった。 他の乗客が椅子から立ち上がり、待合室を出て行く。 先に沈黙を破ったのは、理香さんだった。 「……それじゃ私、行くね」 「……はい」 「バイトも勉強も、頑張ってね。応援してるから」 「理香さんも……」 無理に笑おうとして、俺は変な顔になっていないだろうか。 最後の最後に彼女に見せる顔が、滑稽になってはいないだろうか。 「幸せに、なってください。応援してますから」 「……ありがとう」 彼女は最後に笑顔を見せて、荷物をひいて待合室を出て行った。 俺は、待合室の扉から背を向けた。 溢れてくるものを抑えきれず、垂れ流してしまいそうになったからだ。 彼女に、想いを伝えることが出来なかった。 それでいい、彼女の邪魔なんて、したくなかった。 それでも、溢れてくる想いを止めることなんて、出来るはずもなかった。 「……祐平くん」 「えっ?」 去っていったはずの彼女の声、振り向いた俺の頬に、理香さんの唇が当たった。 頬を赤らめながら彼女は俺から離れ、もう一度だけ笑顔を見せてくれた。 「……いつか、またねっ!」 花束を大事そうに抱えて、理香さんは急いで待合室を飛び出していった。 彼女の唇が当たった部分は、なぜか強い熱を持っているように感じられる。 そして俺はようやく気づいた。彼女の残した、キスの意味を。 俺の秘めた想いなんて、彼女はとっくに知っていたんだろう。 「……やられた……」 やっぱり彼女に比べれば、俺はまだまだ子供だったんだ。そう痛感した。 ねぇ理香さん、学生の分際で、ってあなたは笑うかもしれないけど、俺は本当にあなたのことが好きでした。 見た目はクールなくせに、どこか子供っぽいところも好きでした。 意外とおっちょこちょいで、よくメガネを落としては、何だかんだと誤魔化しながら拾う、そんなところでさえ好きでした。 よくお姉さんぶって俺をからかっていたけれど、それでも、そんなあなたが好きでした。 あなたの、笑っている顔が好きでした。 あなたがいつまでも笑顔でいられるよう、あなたに贈ったあの花に、俺の願いを託します。 彼女に贈った花の名前は、エリンジウム、秘めた愛。 彼女に恋したあの夏を、忘れない。 ―完― 桜瀬さんより頂いた挿絵です。 第八回は、青春恋愛小説になりました。 今回のお題小説の中では、一番好きな話かもしれません(個人的には) 悲恋モノではありますが、ただ悲しいだけの物語にしないよう、気をつかったつもりです。 お題をくださったトリさんに感謝しつつ、第八回はこれにて終了!
by necosuky
| 2007-09-16 19:12
| 掌編小説
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